春の台湾滞在記-第3日目その4 占験派紫微斗数楊老師の鑑定を受けてきた!【後編】

前回の台湾滞在記第3日目その3の続きです。

■台湾滞在記 第3日目その4

老師は八字(四柱推命)でも紫微斗数でもちゃんとした占術ならば、それぞれ違う占いで同じ人のことを占ったならその結果はちゃんと合っていないといけないとおっしゃいます。

老師は私の隣で実力テスト問題と同じ出生データで紫微斗数の命盤をパソコンのソフトで出しています。
結果を照合するためですね。

そして私の答えを聞き手を止めて信じられないという顔をしながら紫微の盤を見て、
「うんそう、この人は結婚すると絶対に上手く行かないけどきれいで裕福な人、当たってるよ・・・。
ねえ、あなたに八字を教えた先生は一体どんな勉強をしてきた人なの? 日本には良い先生や良い本は全くないでしょう~?! 台湾人や中国人じゃなくて本当に日本人なの? 日本人にこんな人がいるの???信じられない! これを教えてもらうのにお金はいくら払ったの?」
と立ち上がってびっくりなさるではないですか!

S小姐も「え~? これだけ(八字の命式)でどうしてそんなことが分かるの??? 私は自分の生まれた時間が分からなくて占えないからってこともあったからこういうのははっきり言って信じてなかったけど、今日通訳していてだんだんこういうのは本当にあるのかもな~って思えてきたよ。」と不思議がっています。

ん~、この程度のことでびっくりされるとは日本の四柱推命は紫微斗数のレベルとも合わせてそうとうひどいレベルと見られているんだな、まあそれはその通りでお金をもらって鑑定している人でもロクに喜忌の判定ができてないわ、通変の持つ意味の理解も浅くて入門書でちょっとかじった人同様レベルで鑑定をしている占い師が多い日本の事情を良くご存じだからなんだろうけどね・・・と思うわけです。

そして老師にサラッと
「私の八字の先生の講座はこんな感じでお金はたいしてかからないけど内容が難しいのと、それからこなさないといけない量がダイハードすぎて脱落者が多い、プロでやっている鑑定師でも脱落している人が多いみたいだからお金の問題じゃあないんです」
と説明すると老師は日本人にこんな人がいたのか!と大変に驚いておられました。

ごくごくほんの一部分ではあるけれども少しは進歩の兆しが芽生えつつある?・かも?・しれない?日本の東洋占の最新の事情が少しでも本場の大家の方に伝われば嬉しいかな。
そして私は老師の実力テストに一応パスできてホッと安堵・・・。

そして老師はこれから4年先から始まる私の大限の様子を伝えてくれます。

「この大限に入れば、例えば名古屋や大阪とか住んでいるところから離れた土地にちょくちょく出張して仕事するようになりそうですよ~」とおっしゃいます。

そうか~、仕事の活動範囲や規模も大きくなっているんだね~もしかしたら出張先には台湾も入っているかも~。

それからお金は今よりは少しは良くなることと、更にその次の大限にはボロい家ではなくて子供が、息子さんが日当たりが良くて立地の良い場所に立派な家を建ててくれますよと伝えてくれます。

私の命盤はどういうわけか午の宮に太陽と禄存星が入る子女宮、そこだけは妙に良くてそれが大限田宅宮に入るからだな~と気づきます。

今の次の大限で仕事運がよくなるのもこの宮のせいだね。
今はボロボロの財帛宮が大限官禄宮だから良くないってわけだね。

でもその立派な家の大限はもうおばあさんの年になっているじゃないですか~という私に「お婆さんになってから住む家がなくなるよりず~っといいでしょ」とおっしゃる老師。
まあ確かにねその通り・・・(^-^;
今日からはその日を励みに生きて行くことにしようと思います。

そして私は老師の判断では80を過ぎても、それから更にもっと長生きするらしいということを言うとS小姐は「え~っ! そんなに生きることってあるんですか~!」と言っています。

台湾ではだいたい70代くらいになると大抵の方はなくなってしまうのが普通のようで、老師から「そうだよ、日本人は長生きで80歳や90歳になっても元気でいることは珍しくないんだよ」と説明されて驚いていたようです。

やっぱりご長寿日本に生まれて幸せなのかな~
私の昔からの夢はお年寄りになったら日当たりの良い縁側で孫たちの面倒をみながら、気の合うお友達と集まってお茶やおしゃべりをしてひなたぼっこをしながら過ごすこと、これが人生の晩年期の日常ならばもう終わりよければ全て良しで言うことはないなと思っていたので、この内容だと実現可能な夢でもなさそうです。
(でも私、死ぬまで一生労働するのよね、労禄命だから・・・ ^^;)

鑑定の翌日に、日頃から占いなんか興味も関心もなくてキライだ!という息子に
「ねえねえ、昨日台湾ですごく当たる偉い占いの先生が将来は息子が日当たりの良い場所に立派な家を建てるからお婆さんになっても心配ないって言われたんだ~」と話すと、
「ふんっ、何つまんないこと言ってんだよ、オレならそんな家の一軒や二軒なんか当ったり前の朝飯前に決まってるだろ」とでも言いたげな顔で「ふ~んそうなんだ。」とあっさり答える息子。
頑張って頂きたいものです。

あと気になったことは、「次の大限ではヤクザみたいな男と縁が出来やすいから気を付けて」と言われたこと。
今さら男との縁とか言われるのもすごく変なおかしいことで、その上しかもヤクザですか!
私は一般の小市民なのに、なぜヤクザ?!

分かりました、もしヤクザみたいな男が上手い話しを持ちかけてきても色々と巻き上げられないようにしっかり防御しないとですね。

それから「聞きたいことは他に何かある?」と聞かれて、老師にとっては基礎的なことかもしれないけれども日本にはちゃんと伝わっていなくてあやふやなまんまで気になっていた年運の見方の〇〇と▲▲の違いについて質問して、
「〇〇は自分が起こすことで、▲▲は自分が原因じゃない、外側からくること」
というとっても貴重なことを教えて頂いたりして私にとっては大きな収穫でした(^-^)

そして老師は私の唯一ここだけはすごく良い宮の子女宮を見て、これは子供の中の第一子か男の子に優秀な子どもが生まれるとおっしゃい、熱くなると止まらない老師はうちの子供たち全員の命盤が気になって見て見たくなられたようでしたが、奥様がもうすでにMRTの終電に間に合わないかも~なとんでもない時刻となっていることを伝えに部屋に入ってこられて鑑定はそこでやむなく終了。

子供たちの鑑定はまた次の機会にねということで、再見!と固く約束を交わして老師のお宅を後にしました。

初めての本場台湾の楊老師の鑑定は、けっこう吉凶を遠慮なくズバズバっと言うタイプの鑑定なので日本の昨今のカウンセリング要素や人生相談要素を含む占い鑑定を求める人には向かないものだと思います。

私もさすがに日本のお客さんに人を選ばずそのスタイルで鑑定をしようとは思いません。

しかし老師は良いことも悪いことも遠慮なく伝えてきますが、でもそれも全てその人の大事な一部分と受け止めてくれた上でまるで昔からの大切な知り合いかのように心の垣根なく接してくれる老師に鑑定のお客さんへの愛情を感じました。

「何か聞きたいことでもあればここにいつでもメールして」とメルアドの入った鑑定書を最後に頂きました。

今度もう一つ気になっていたこと、「老師は◎◎の星と■■の星も重視していますか?」とメールして聞いてみよう。

そしてちゃんとした八字を勉強するのが困難な環境の日本で良くここまで頑張ってきましたね、と言ってくれた老師からいただいたプレゼントはぶ厚い八字(四柱推命)の本でした。
ありがとう楊老師、大事にしますね。


楊老師から頂いた八字の本の中は老師が勉強した後がぎっちり~。

長いこと私のいつまでも終わらない鑑定を待っていた友達や娘たちは、今はアメリカで暮らしている老師のとてもキレイなお嬢さんのお写真を見せていただいたり、奥様と英語で「台北で夜市に行くなら松山がオススメよ」とか、「台湾の別の地域に行きたいなら高雄に行くといいわよ」とかのお話しを楽しんでいたようです。

また見ず知らずの初対面の赤の他人の私達のために今日一日こんな時間になるまでせっかくの休日の一日を無償ボランティアで観光案内や不慣れで疲れる占い鑑定の通訳をしてくれたS小姐、本当に多謝。

昼間は面白い所にたくさん連れて行ってくれて、そして親身になって私たちの占い鑑定の通訳をしてくれて、すっかり仲良くなりました。
今度日本に遊びに来た時にはまた絶対にあいましょうね。

普通の日本人の感覚からしたら
「もう、一体何時までかかるのよ~、いい加減にしてよ~、終電になるなんて聞いてないよ~、何で私ここまでこの人達にやってあげる義理があるのよ~」
の気持ちで心の中は一杯になるはずでしょう。

初対面の他人に心の垣根が低い台湾の人たちの温かさ触れて「台湾に来て良かったな~」の気持ちがより一層強まる私達一行でした。


このきれいな封筒の中に老師から頂いた命盤が入っています。

夜行性の台北市民もさすがに寝静まる夜の12時頃に急いで最寄りのMRTの駅に向かう私達、今日はもう濃密すぎて色々あったな~、明日は帰国するのにまた今夜も寝付けないかも。

ここには書いてない他にも老師から言われた色々なことや日本と台湾とでの紫微斗数の大きすぎる差のことがグルグルと頭の中を回り、またまた寝付けない今回の台湾滞在最後の夜。

鑑定は終わったばかりなのに、帰国してから楊老師にメールで伝えようと思うことがもう頭の中に溢れてくる。
しばらく心は台湾に置いてきたままになりそう。

とりあえず、今回私が楊老師の鑑定を受けてこれからやって行きたいなと思ったりしたことのまとめはまた次の記事で。

台湾滞在記-旅の終わりにに続く・・・