私の師匠

こんにちは。
ひなた四柱推命鑑定ルームの綾野結麻です。

今までに、私に四柱推命を教えてくれた先生は、
2人いて、最初の先生は若いお兄ちゃんのような先生でした。

若いわりには、どんな世代の人とも話しを合わせることのできる
オールラウンダーで、どんなジャンルに関しても知識が豊富で
とても頭が切れ、人の行動パターンや性格の分析能力には
目を見張るものがありました。

しかし四柱推命は運勢を占う「命占」です。
その人の運勢の流れを読み取れなくては
命占の意味がまるでありません。

そのお若い先生は失礼ながらお勉強が浅かったようで、
運勢の吉凶をハズしまくりな上に、
「占いに来るお客なんてみんな、他の誰にも聞いてもらえない
話しを聞いてもらいたいだけなんだよ・・・。」

なんてことをおっしゃいましたので、

「ヤバイ! これでは性格当てお遊びだけで終りの
インチキ占い師にしかなれないじゃない!」

と危機感を覚えた私は、故武田孝玄先生が開かれた、
日本命理学会でその道ウン十年のキャリアを持つ
大ベテランのおじいちゃん先生のもとで、
基礎から四柱推命の勉強をし直すことになりました。

私は、そのおじいちゃん先生師匠から深く学ぶ
ことによって、四柱推命とは、いつまでも果てしなく
学びが続く大変な学問なんだなということをイヤと
いうほど痛感し、今でもその学びの旅は続いており、
今でも良くお世話になっています。

師匠は、自分の生徒をとても大切にしてくださる方で、
授業の際に、生徒1人1人に、生まれてから、80歳になるまで
毎年1年づつの、吉凶・運気の流れを詳細に書いた
資料を作成して渡してくれました。

四柱推命の占いで、その人の1年の吉凶を出す作業は、
まあ普通に大変です。難しい数学の問題をウンウン
言いながらやっているようなものです。

それを1人につき80年分も
さらっとやってしまうのですから、本当にその能力たるや
さすがその道ウン十年!といった所です。

これまでの運勢の流れもとても良く当たっていて、
私の20代30代の運勢を見て
「これは、相当ご苦労をされたと思いますよ。」
と言ってくれた時は、やっと初めて分かってくれる人がいた~!」
と報われたような、救われたような思いがしました。

が、師匠は私の20代の運勢を見て、
「あのね綾野さん、出生時刻違ってない?」
なんていう、かなり衝撃的な質問を
投げかてくるではありませんか。

はぁ?と思って、良く聞きましたら、
私の出生時刻の卯刻だと、20代前半の大運とあわせて見たら
これは、命にかかわるような大病をするか事故に遭うか
何かとんでもなく大変な災難にあっていなければおかしい、
今普通に生きているはずがないとおっしゃるのです。

確かに思い通りにはいかず、嫌なことの連続ばかりの時を
すごしてはいましたが、まあのんきに普通に会社員を
していて、生活に困窮したり、死ぬか生きるかなどの
とんでもない災難にあうこともありませんでしたので、

「はぁ~、何なんでしょうねぇ」
と思って、家に帰ってみて、なんとなく自分の母子手帳を
引っ張り出して見てびっくり!

私は、自分の生まれた時間を小学生の頃に
母から朝の6時と聞いており、
それまでずっとそうだと疑わなかったので、
(東京で朝6:00生まれは卯の刻生まれです)
私は卯刻生まれなのねーと思って今まで
自分の命式を見てきましたが、

なんと母子手帳に記録されていた私の出生時刻は、
朝の6時58分でした。

東京で、朝の6時58分生まれは、卯刻の次の辰刻に
生まれた刻が変わってしまいます。

生まれた刻が変わるということは、四柱推命の
命式を構成している大切な要素が変わってしまい、
人によっては運勢などが大きく変わる場合があります。

今まで、私は自分の生まれた刻は卯刻だと思っていたのが、
実際には、辰刻だったのです。!

それを知った時には、真夜中なのにもかかわらず
あまりの衝撃でしばらく動悸がおさまりませんでした。

その人のそれまでの運勢の流れを見て、
出生時刻が違っているんじゃないか?
と言えるような人は、間違いなく素晴らしい
腕を持った達人です。

日本の占い屋さん業界では、
「四柱推命に出生時刻なんかあまり重要じゃありませんよー」
なんてとんでもないことを言うインチキ占い師レベル
の占い師がたくさんいる中で、

素晴らしい知識と経験を積んでいる今の師匠と
出会えたことをとても嬉しく思い、
一つでも多くのことを師匠からたくさん学び、
師匠に近づきたいと学びの日々を送り続ける私でした。