強運の持ち主・松田聖子のさんの四柱推命・紫微斗数(4 )デビュー当時の運勢・四柱推命編

前回の記事「(3)デビュー当時の運勢・紫微斗数編」の続編、
4回連続の記事に渡ってアップしました聖子さんシリーズ、最終回の今回は四柱推命編。
四柱推命でデビュー時の強運が巡ってきていた時期を見ていきましょう。

年 壬寅
月 癸卯
日 丁未
時 戊申

もともと聖子さんの命式は今風に言えばセレブ階級というのでしょうか、上流階級にいるタイプの普通の一般人よりも社会的に地位が上がりやすい人の命式です。

月干の権力を表す七殺を時干にあるご自身の能力、才能の食傷の戊で抑えている所も良い特徴ですし、自分自身の日主が正官の壬も抑えて、また「官印相生」と言う流れが命式の中にあり、これは仕事運にも恵まれ出世するタイプの命式で権力が自分の所に集まってくるといった様子が見られる命式です。

ですので普通一般レベルの人よりも、もともと恵まれた運勢の元に生まれた人と言えます。

自分の意志をしっかり持ちとても芯のしっかり通った女性です。

また天干には弱い官殺が並び、異性からなかなかモテそうで魅力的な女性に見えます。
(魅力的過ぎて複数の男性と噂になりましたね(^-^) )

そのような土台があるということを踏まえながら、デビューの頃の運勢を辿ってみましょう。

 

年 壬寅
月 癸卯
日 丁未
時 戊申

大運 16-20 丑

大運では数え年で16歳の5年間は丑が巡ってきています。
この丑がこの命式にとっては大吉星で(喜神・忌神での判断レベルを大きく超えています)、
これのお陰でこれまでの人生が大きく変わるほどの良い変化が起きる五年間となると予測できます。

聖子さんがミスセブンティーンコンテストに出場し若松プロデューサーからスカウトを受け芸能界へ進むきっかけが出来た年は1978年、数え年で17歳の年でした。

この年は戊午で命式の官殺を抑える力がより一層強まり、こうなると社会的地位が上がるなどの現象が起こりますがここはまだ高校生の聖子さんで、スカウト受けCBSソニーの事務所に呼ばれて関係者のみなさんの前で歌を披露したりなど音楽業界に名前が少しずつでも知られる入口に立ち始めた年となりました。

そしてその年の初め、急遽突然のデビューが知らされた1980年は庚申年、
この年は命式の墓が開く年です。

墓が開けば吉事が起き、運勢上昇の波がやってきます。

大運でも、年運でもダブルで恵まれた時期となりますから、この時期に数年前では考えられなかったような強運の神様が降ってきたかのような幸運を掴むこととなる運が来たなと見ることができます。

またそれに加えて聖子さんの命式はもともと運に恵まれている良い命式です。

このような命式に大運や年運で良い運が巡ればその力はより大きく強運を呼ぶこととなり、日本で知らない人がいないくらいの大物になってしまうことも叶うくらいとなったりします。

私自身ももうあと数年後には聖子さんのデビュー時と同じような働きをする大運が巡る時期に入るのですが、聖子さんと違いもともとがたいした命式ではないので、大運の効果はこんな凄い伝説に確実に残る級の大スターの方と比べたらまあそれなりなプチプチ開運くらいかな~とあまり期待しすぎずに待っています。

4回連続で聖子さんの記事を上げましたが、このようにものすごい特徴のある生き方をした人のまるで奇跡が降ってきたかのような良い時期に一体どんな運が巡っているのか?を辿って見ることが好きで、このような占いの勉強をしているような感じです。

やっぱり普通ではなかったんだ、考え方を変えるとか努力などの範疇ではとても及ばない力が影響していたんだなと分かりとても興味深いです。

また誰かとても心惹かれる人物が出てきたらブログに書いてみたいと思います。

 

今回の記事を書くに当たりこちらの書籍「松田聖子の誕生」を読みました。
歌手・松田聖子んさんの生みの親でデビュー前からの数年間、ずっと聖子さんのそばにいて支えてきた若松プロデューサーの著書ですのでとても臨場感があります。

著作の中では、17歳の聖子さんがお父さんと一緒に久留米から上京し、西新宿の喫茶店で心配し一緒に久留米に帰ろうと言うお父さんに「帰りません、頑張ります」とお別れの宣言をし巣立ちの時を迎える場面は、子供送り出す親の気持ちにもなり、また親元から離れて行く子供の方の気持ちにもなりの、ついうるうるっとなるエピソードが描かれています。